5月12日のこと 〜後編〜

今日は5月12日。
おじいちゃんの四十九日。

言いたくなかった。どこにも書きたくなかった。
それを認めてしまうみたいで。
わりとなんでも打ち明けてるInstagramにも書いていない。
きっとこれから先も書かない。
けど、今のこの気持ちを、どこかにのこしておきたかった。

おじいちゃんが倒れたと朝5時半に連絡があったあの日、
わたしは福岡にいた。実は数ヶ月のあいだ、東京をはなれていた。

母たちと6時半には病院に着いた。
病室に入ると、おじいちゃんはびっくりした顔でこっちをみた。

「かな、ありがとう」

おじいちゃんがその言葉をいうのは、別にその日に限ったことやなかった。
なのに、それを聴いた母は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

おじいちゃんの隣にいくと、おじいちゃんから手をこっちに差し出してくれた。
手を握った。おじいちゃんから、というのが、うれしかった。

「急に倒れたみたいで、でも、今日明日とかではないみたいやけん
ひとまずそれは安心していいと思う。」

おじさんの言葉にホッとし、7時半、わたしはそのまま仕事に向かった。

仕事が終わり、夕方17時すぎ、母が連絡があった。

「かなちゃん、今日行っとってよかったとよ。」

翌日、8年前のおばあちゃんのときと同じ斎場にいた。

おじいちゃんに再会したときは、「なんしよん!どしたん!!!!!」
って言ってしまった。だってあまりにも信じられなかった。

みんなの前で読んだ孫の手紙では、昔おじいちゃんから聴いた
大分と石川で遠距離だったときの、おばあちゃんとの手紙のやりとりの話をした。

わたしはおじいちゃんが話す、昔の話を聴くのがすきだった。
おじいちゃんとおばあちゃんの庭に咲く、花の話をするのがすきだった。

「みんな遊びにきてくれるけど、庭のこと言ってくれるんはこの子だけなんよ」
って言ってくれてたときはなんかうれしかった。

おじいちゃんはおばあちゃんが大好き。
おばあちゃんが遺していった、あじさいを大切に繋いで育ていたり
おばあちゃんの話をするときの表情をみると、それが一目瞭然だった。

8年越しに、やっと逢えたかな。

心ここにあらずの浮遊状態が続いていた頃
元号が令和に決まり、世間の雰囲気が一瞬にぎやかになり
ああこのままの状態でおじいちゃんたちにまた逢えても
今のわたしは何も報告できることないやん
って思った。しっかりせんといかんって。

向こうで、おばあちゃんとおじいちゃんに再会すること。
わたしの最終地点はそこになった。

直接目にみえていないだけで、直接音としての声が聴こえないだけで
これからも近くにおってくれるけどね。

大丈夫。どこにもいかないよ。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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